• Ⅰ プロローグ
  • 1、黄昏の来訪者     太陽暦485年 ハルモニア神聖国北西地方 穏やかな秋の陽気の中、とある森の中を男たちが隊列を成して進んでいく。まず道案内の村人が先導して歩き、その後を学者、魔術師、鑑定士などを含めた20人ほどの軍服を着た者達が続く。 「もうすっかり秋だね。このあたりのワ

  • Ⅱ 調和の都 法の国
  • 1、ハルモニア神聖国     クリスタルバレーまでの道のりは、あっと言う間だった。火の曜日から土の曜日まで連日馬で移動し続けて、既に4日が経っていた。 移動の間は他の部下達と共に列の最後尾に居たので、ササライとの会話はまったくと言っていいほど無かったが、紅葉が始まった街道や初めて

  • Ⅲ ✗✗✗と✗✗✗の紋章
  • 1、再訪     先日調査を終えたばかりのシンダル遺跡へと続く、秋も深まった森の中の道。実に半月ぶりに訪れた西北の街を正午に出立して、ササライ率いる調査隊は再度この森へと足を踏み入れることとなった。 神殿の指示によりこの地を訪れる事が決まった後は、ジュニアが前回と同じ配分で人員の

  • Ⅳ 謁見
  • 1、一つの神殿     本の山に囲まれながら、ひとりの青年が退屈そうに一冊の本を読んでいる。 しかし表紙に『紋章学の基礎』と書かれたその本をやおら閉じると、もう十分だと言いたげに横へと押しやってつまらなそうにため息を吐き出してしまう。 「やれやれ、俺は紋章のことはさっぱりなんだが

  • Ⅴ 紋章の子供たち
  • 1、共犯者     「では中へとご案内仕ります。お分かりかとは思いますが」 「見聞きした事の一切は、他言無用。承知しております」 宮殿の奥への唯一の入り口である円形の中庭に到着すると、謁見の時と同じく法衣を纏った老齢の案内人が待っていた。 聞き飽きたとばかりに返されたササライ

  • Ⅵ 籠の中の安寧
  • 1、秘密     奥宮殿の入り口に存在する美しい中庭。その片隅に、ひとりの青年が所在なさ気に佇んでいた。手持ち無沙汰といった様子で2着の外套を小脇に抱えながら、気の緩んだ顔を晒してひたすら待ち人の帰りを待っている。 「久々に綺麗なおねーちゃん達が居る店にでも行きたいもんだなぁ。で

  • Ⅶ 最善の選択
  • 1、最善の選択     「神官長ヒクサク様より、貴殿にハルモニア神聖国一等市民の身分を付与せよとのお言葉が御座いました」 深夜と言って差し支えない時間にようやく円の宮殿へと到着すると、まるで待ち構えていたように使いの神官がササライの執務室を訪れていた。以前謁見の際に迎えに来た老神

  • Ⅷ 法の供物
  • 1、安寧の終わり     シャンデリアの灯りをうけてほのかに色づく果実酒越しに、ササライは晩餐を楽しむ二人の姿をそっと盗み見た。 ルディスの前にも同じ林檎酒が置かれ、ネウトは同種の林檎を使った果汁を小さく喉を鳴らして飲んでいる。 ささやかな幸せだからこそ、あまり凝視しては壊れてし

  • Ⅸ ハルモニアの子
  • 1、円卓会議     豊かな実りの秋はラトキエ家で過ごした。 静かで優しい冬はササライの膝元で。 そしてこれから始まるのは春。新たなる季節だ。 神殿に移ってからの大きな変化といえば、奥神殿の一室を自室として与えられたこと、身の回りを手伝ってくれる数名の侍女が付いたこと、そしてまだ

  • Ⅹ 持たざる者
  • 1、幕間・神官将の執務室にて     「こうして顔を見せに来て下さって嬉しいですわ。事前に教えてくだされば、貴方好みのお茶も取り寄せましたのに」 「急な訪問になってしまい、すみません」 「良いのですよ。ただ、貴方がわたくしの部屋に居ると、まるで昔に戻ったような心持ちです。常日頃は

  • Ⅺ クロッツェオ教会
  • 1、クロッツェオ教会     光が強いほど、影もまた濃くその色を落とす。 影は見る者に、ただ静かに語りかける。 どんな物事にも表と裏が存在するのだと。そして輝かしい英華とは、数多の犠牲の上に成り立つものだということを。 中心街をぐるりと取り囲む城壁を抜けて、西部郊外のスラム化した

  • Ⅻ 招かれざる客
  • 1、母     昼時の教会の前庭には、食欲をすくすぐる何とも言えない良い匂いが漂っていた。本日の炊き出しメニューのシチューの香りだ。 大半がまだ郊外の畑仕事に出払っているので人影はまばらだが、力自慢の男達が穴だらけの教会を修繕する音と、配給の用意で炊事をする女達の談笑とが交わり、

  • 最新話 鉱山奴隷
  • Ⅻ-5、鉱山奴隷     朝方は切れ目に日も射していた空は、次第に曇色で埋め尽くされ、時間が経つにつれ、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様へと表情を変えていた。クロッツェオ教会の真上の物言わぬ雲が、あわただしい人の動きを見下ろしている。 夜間の見張りを担っていた教会の入り口に